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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和51年(モ)77号 判決 1976年10月13日

債権者

右訴訟代理人弁護士

大倉忠夫

債務者

Y株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

安井桂之介

右当事者間の昭和五一年(モ)第七七号地位保全仮処分異議事件について当裁判所は次の通り判決する。

主文

債権者より債務者に対する横浜地方裁判所横須賀支部昭和五〇年(ヨ)第一〇四号地位保全仮処分事件に関する昭和五一年三月三一日付決定の内債権者の申請を認容した部分は之を取り消す。

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第一項に限り仮に執行することが出来る。

事実

債権者訴訟代理人は、債権者より債務者に対する横浜地方裁判所横須賀支部昭和五〇年(ヨ)第一〇四号地位保全仮処分事件の昭和五一年三月三一日付決定は之を認可する、訴訟費用は債務者の負担とするとの判決を求め、その原因及び債務者の主張に対する認否として、

一、債権者は、昭和四〇年頃よりアルバイトとして債務者会社に雇傭され、昭和四五年に正式に入社を認められ、以来殆んど欠勤をせず、フォークリフト運転手として真面目に勤務してきた。

また、正式に入社を認められると共に、債権者は、債務者会社の従業員で構成されるa労働組合に加入し、翌四六年には執行委員に選出され、更に四七年には執行委員長に選出され、以来、四八年、四九年、五〇年と引続き執行委員長に選出され、その間、ベースアップ、夏季及び年末の臨時給与要求は勿論、給与体系を日給月給制より完全月給制に改善させるなど、従業員の労働条件向上のために努力した外、労働者としての自覚と組合の団結を強めるために教宣活動にも熱心に取り組んできた。

二、債権者は、債務者会社より昭和五〇年一〇月一四日、「就業規則第三四条第三項第五項及び第三五条に基き」「会社が必要と認めた期間休職を命ずる」旨の処分を受けた上、三日後の同月一七日に、「一〇月二〇日をもって休職を解き、就業規則第六八条第八項第一〇項に基き懲戒解雇する」旨の処分を受けた。

三、債務者会社は、債権者より処分の具体的理由の説明を求められ、債権者が刑事事件を起した事実をあげ、これが債務者会社の名誉を傷つけた旨述べている。

四、而して、債権者が起した刑事事件及び懲戒解雇を言渡された経緯は、次の通りである。

(1)  債権者は、酔余、昭和五〇年一〇月四日午後六時三〇分頃、全く関係のない他人の家のベランダによじ登り、家人の訴外Bに追いかけられて附近の空地で捕まりそうになった際、咄嗟に携帯していた模造力を一振りしたため同訴外人を負傷させた。そして、この事件で債権者は逮捕され、同年一〇月一三日に横須賀簡易裁判所に於て略式裁判により罰金一〇万円を言渡され、即日罰金を仮納付して午後四時頃身柄が自由になると、直ちに債務者会社に対し翌日より出勤する旨連絡した。

(2)  債権者は、同年一〇月一四日午前七時五〇分頃出勤したところ、債務者会社代表取締役A(以下、社長という)に呼び出され、「刑事事件を起して社の名誉を傷つけたことを理由に数日中に懲罰委員会を開いて処置する」旨を申し渡され、期間を特定せず、突如「会社の必要と認めた期間の休職」を命じられた。

(3)  三日後の同年一〇月一七日、債権者は社長より二〇日をもって休職を解き懲戒解雇する、旨言渡された。債権者は直ちに、「刑事事件を起したことに落度はあったにしても、懲戒解雇は不当である」旨主張して抗議したが、聞き入れられなかった。

五、ところで、債務者会社の就業規則には、休職及び懲戒に関して次の通り規定されている。

(1)  債務者会社の就業規則第三四条は、「左の各号の一に該当するときは休職を命ぜられる」とし、その第三号に「刑事事件に関して起訴されたとき」、第五号に「前各号の他、会社が特定の必要を認めたとき」と定めている。また、同規則第三五条は、休職期間につき、第三号に於て「前条第三号の場合は確定判決あるまで」とし、第四号に於て「前条第四号及び第五号の場合は会社で必要と認めた期間」と定めている。

(2)  同規則第一一章は懲戒に関する規定であるところ、第六五条は、懲戒の種類を、譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇の四種とし、反則軽微又は改悛の情顕著のときは訓戒に止めることもある旨定め、第六八条に於て「左の各号に該当するときは懲戒解雇に処する。但し情状により減給又は出勤停止に止めることもある」旨定め、同条第八号に於て「刑罰法規に違反して有罪の確定判決を言渡され爾後の就業に不適当と認められるもの」、その第一〇号に於て「その他前各号に準ずる行為をなしたもの」と夫々定めている。

六、本件懲戒処分は、就業規則違反により無効である。

(1)  債務者会社は、債権者が略式裁判により罰金刑を言渡された翌日、就労のため出勤したのに対して休職を命じているが、この処分は、「刑事事件に関し起訴されたとき」の規定を濫用した違法不当の処分である。略式で起訴され、即日罰金刑を言渡されたものにつき、これを理由に休職処分に附する必要性は全くない。これについては、休職期間が「確定判決あるまで」とされていることからも明らかな通り、もともと、略式により起訴され、即日罰金刑の言渡を受けて仮納付したのち、就労のため出勤した者について適用することは予定されていないのである。然も、債務者会社は、休職を命ずるに当り「会社が必要と認める期間」というのみで、休職の期間を特定していない。このことから、これを機会に債権者を職場より排除せんとする債務者の不法な意図が明らかである。

(2)  案の定、その三日後にいち早く債務者は懲戒解雇を通告してきたのである。その解雇理由として、債務者は就業規則第六八条第八号と第一〇号をあげているが、具体的事実として債務者があげるのは第八号該当と思われる刑事事件についてである。然し、本件懲戒処分は、就業規則の解釈を誤った違法無効のものである。即ち、(a)債権者は一〇月一三日略式により起訴され、罰金一〇万円の言渡を受けたが、この略式命令が確定したのは、正式裁判の請求期間が経過した一〇月二八日であるから、本件懲戒処分は、就業規則の予定していない略式命令の場合を「有罪の判決」の場合に適用した点と、略式命令確定前の一〇月一七日に処分を行った点とに於て違法である。(b)就業規則が「有罪の確定判決を言渡され爾後の就業に不適当と認められるもの」としているのは、「有罪の判決が確定したこと」と、これに更に限定的要件として「爾後の就業が、有罪判決の確定により、不適当となったもの」を加えたものである。然るに、債権者は、略式命令による罰金刑を言渡されたに過ぎず、以後、同刑事事件で身柄を拘束される可能性がない許りか、債権者自身、就労の意思を表明して一〇月一四日には出勤しているのであるから、債権者の場合は「有罪の確定判決を言渡され爾後の就業が不適当」の規定に該当しない。(c)のみならず、債権者が、土曜日の夜、就業時間外に、酒に酔って債務者会社と全く無関係に起した事件につき罰金の有罪が確定したからといって、債務者会社にとって「爾後の就業に不適当」ということはあり得ない。(d)国家公務員や地方公務員でさえも、刑事事件に関して「官職に就く適格性」を否定されるのは、「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者(国家公務員法第三八条第二号、地方公務員法第一六条第二号)とされており、罰金は含まれない。まして、債務者会社に於てフォークリフト運転等に従事する債権者が罰金刑に処せられたからといって、懲戒解雇に相当する程、債務者会社の営業成績を低下させる損害を与える訳はないから、「爾後の就業に不適当」ということはない。(e)尚、規則第六八条第一〇号も解雇事由としてあげられているが、第一〇号は、「その他前各号に準ずる行為をなしたもの」と規定されているのみで、これによる解雇事由は推定さえもすることができない。仮に、第八号には該当しないが、第八号に準ずる行為であるとの趣旨に解しても、略式裁判による罰金を言渡されて出勤した債権者が、従前通り就業することによって、特に債務者の営業に支障を及ぼす特段の事由は考えられない。

(3)  従来、債務者は、就業規則の懲戒条項該当者(長期無断欠勤者等)に対し、何らの懲罰も加えなかった。また、昭和四八年頃、債務者会社(当時はC社長)は、暴力団員に依頼し、中学生を集めて冷凍倉庫で稼働させ、労働基準法、職業安定法違反に問われ、本社、C社長の自宅、久里浜の同事務所を含む数カ所を家宅捜索され、このことが新聞の朝刊と夕刊の社会面のトップに掲載され、センセーショナルな社会問題、刑事問題として世間の非難を浴びたが、今回の債権者の行為と比較にならぬ重大なこの件に関し、社内に於て何らの懲罰も行われていない。更に、b労働組合協議会の傘下組合員の内で、略式による罰金刑に処せられて懲戒解雇されたという事例はない。以上の如く、本件懲戒処分は、他の事例に比較し、公平を失する過酷なものである。

(4)  懲戒解雇は、労働者にとり失業すなわち糊口を絶たれる極刑であるからこの種の懲戒規定を労働者に適用する場合、その解釈適用は、客観的合理的にして且つ厳格な制限のもとなされるべきであり、使用者の恣意的な自由裁量に委ねられるべきではない。本件懲戒処分は、まさに、就業規則の解釈適用を誤った違法不当のもので、無効と言わねばならない。

七、本件懲戒処分は、解雇手続違反により無効である。即ち、就業規則第六二条の定めるところにより、懲戒解雇処分は、賞罰委員会(組合代表も含む)の議決に基くこととなっているが、本件懲戒処分に当り、賞罰委員会は開催されたものの、何らの議決も行われていない。債務者は、昭和五〇年一〇月一六日賞罰委員会を招集し、これに会社側委員二名、労働者側委員(組合員)四名、職員(非組合員)一名が出席して討議したが、同委員会は意見対立のまま何らの議決に至らず、まして社長一任の議決もない状態で終了した。従って、本件懲戒処分は、就業規則に定める解雇手続に違反して行われた無効のものである。のみならず、同規則第七〇条に不服申立の権利が定められているのに拘らず、具体的に債権者が不服を述べても、債務者は正式にこれを取り上げなかった。以上の如く、本件懲戒処分は、手続上債権者に全く弁明と意見陳述の機会を与えず、一方的に強行されたものである。

八、本件懲戒処分は、不当労働行為に該当する。

(1)  債権者は、債務者会社の事務職員を除き、労働者全員三五名をもって組織される労働組合の委員長として活動してきた経歴を有するところ、債務者会社の取締役Dは債権者に対し、職員に昇格させるから組合活動を止めるよう勧誘したことがあり、債務者は債権者の組合活動を止めさせようと腐心していた。

(2)  債務者は、債権者が本件懲戒処分に抗議しているにも拘らず、従業員に対しては債権者が円満退職した旨の情報を流したため、錯誤におちいった組合員が、委員長が欠けたとして昭和五〇年一〇月二七日後任の委員長を選出した。債権者は、敢えて組合を混乱におとしいれる意図はないので、この事態については、組合員に対し、一組合員として止まる旨の自己の意思を明確にした。組合もまた、債権者の解雇撤回について全面的に支援することを約している。即ち、組合は、(a)懲戒解雇の撤回要求、(b)復職実現に至るまでの支援、(c)復職までの組合員の身分の保持等を決定している。

(3)  債権者が、所属組合の上部団体であるb労働組合協議会の支援を求め、且つ県労政事務所に相談したことから、右両者が債務者会社社長に対し解雇撤回を要望するに至ったが、債務者は之を受けいれなかった。

(4)  ここに至り、債務者の意図は明らかである。即ち、本件懲戒処分は、債権者が酔余軽率な事件を起したことを奇貨とし、労働組合活動に於て指導力を発揮し、団体交渉に於て組合員許りでなく下請労働者の生活についてまで心を配り、着々と成果を挙げてきた債権者を排除するための不当労働行為であり、無効のものである。

九、債権者が債務者より支給されてきた解雇当時の賃金は、別紙賃金目録(二)記載の通りであり、賃金支払日は毎月二五日であるが、債権者は昭和五〇年一一月一日以降賃金の支払を受けていない。また、昭和五〇年一二月に支給されるべき年末手当の額は、同目録(一)記載の通りである。

一〇、債権者は、本件懲戒処分の無効確認の訴を準備中であるが、妻と幼児二名の世帯で、労働賃金により生計を支える以外に収入の途はない。本案の確定を待っては、その間に回復し難い損害を生ずる。

一一、そこで債権者は、債務者に対し、債務者会社の従業員たる地位を保全し、別紙賃金目録(一)記載の昭和五〇年一二月五日に支給されるべき年末手当金について即日、同目録(二)記載の賃金については昭和五〇年一一月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り仮に支払うことを求めて本件仮処分申請に及んだところ、横浜地方裁判所横須賀支部は昭和五一年三月三一日、(a)債権者が債務者の従業員たる地位を有することを仮に定める、(b)債務者は債権者に対し金二五万円及び本決定が債務者に告知された日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月額金一六九、〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え、(c)債権者のその余の申請を却下する、(d)申請費用は債務者の負担とする、との仮処分決定を発した。よって、原決定は正当であり、取消す理由は存しないから、債権者は之を認可する旨の裁判を求める。

一二、債務者の主張に対し、次の通り認否する。

(1)  債務者の主張第六項は、債権者が退職金を一旦受領した後これを返還したことを認め、その余を争う。債権者は、復職の上は返還する趣旨で一旦退職金を受領したが、その後上部団体と相談の結果、処分を争っている間受けとるべきでないとの見解に達したので、昭和五〇年一一月六日これを返還した。従って、退職金の一時受領は本件懲戒処分を承認した趣旨ではない。

(2)  債務者の主張第七、八項を何れも争う。原決定は昭和五〇年一〇月二〇日付解雇について地位保全の仮処分決定を発したのであるから、債務者主張の昭和五一年一月二二日付及び同年四月八日付の予備的解雇は、原仮処分に係る解雇と別個のものであって、原決定を取消す理由とはならない。

(3)  債務者の主張第九項を争う。労働者が解雇の無効を争い乍ら、生存を維持するため他の雇傭主の下で臨時的に稼働することを何びとも非難できないし、また、これを労働者の不利益に解釈することは許されない。

(4)  その他、債務者の主張の内債権者の主張に反する部分をすべて争う。(書証認否<省略>)

債務者訴訟代理人は、主文第一乃至第三項と同旨の判決を求め、答弁及び債務者の主張として、

一、債権者の主張第一項は、債権者の努力によって従業員の労働条件が向上したとの点を否認し、その余を認める。同第二、三項を認める。同第四項は、訴外Bに追いかけられて捕まりそうになった際所携の模造刀を一振りした点、及び期間を特定せず休職処分にした点を否認し、その余を認める。同第五項を認める。同第六乃至第八項を争う。同第九項は、本人給、住宅手当、勤続手当、家族手当、皆勤手当の額を認め、その余を否認する。同第一〇項を争う。

二、債権者が起した傷害等被告事件の概要は、次の通りである。

(1)  債権者は、昭和五〇年一〇月四日、債務者会社の終業時である午後五時前、上司に断って早退したのち、被害者である訴外B宅二階ベランダに赴いたのであるが、この時黒装束に手袋を着用し、その上一見何ら日本刀と変りない模造刀を携えて暗がりに潜んでいたのである。そこへ帰宅した訴外Bに発見され「泥棒」と叫ばれるや、矢庭に所携の模造刀で同訴外人に切りつけて逃走し、周辺住民二、三〇人の追跡を受けて自動車に乗ろうとするところを組み伏せられ、駆け付けたパトカーに引渡されたものである。その際付近に集った群集は二〇〇人にも達していたのである。

(2)  訴外Bは、債権者より切りつけられたため顔面に加療五八日間を要する傷害を受け、更に顔面等に瘢痕が残存する後遺症を受けるに至った。然るに、債権者は釈放後も同訴外人方に見舞どころか顔さえ出さず、同訴外人は現在調停若しくは民事訴訟による損害賠償請求を準備している現状である。

(3)  この事件は、付近住民にとり極めて衝動的な事件であった。即ち、凶器をもって暗がりに潜んでいた盗賊と思われる者から、善良な一市民が突如切りつけられたというもので、これを見聞した付近住民を非常な不安に陥らせたものである。

三、右刑事事件が債務会社に与える影響は重大である。

(1)  債務者は、訴外c株式会社久里浜工場内に現場があり、港湾運送業免許も横須賀港に限られており、久里浜港に於ける業務がその全部とも言えるものであって、その従業員も九割以上が地元久里浜の住民で、所謂地場産業として地域社会と極めて深い関係を有しているものである。更に、主たる得意先である訴外c株式会社久里浜工場の従業員約四〇〇名も殆んどこの地域住民である上に、債務者の物品購入等の取引先も当然地元が殆んどであって、債務者はこの地域社会と極めて密接な関連を有しており、地元社会の協力、支持なくしてはその業務の遂行すら困難となるのである。

(2)  ところが、同刑事事件は、債務者会社より僅か八〇〇米より離れていない場所に於て、地元の善良な市民に襲いかかり、そのうえ地元民二、三〇人の追跡を受けて取り押えられたもので、当然地元に於ては衝撃的な話題として広まった。その話題も当然見聞した内容そのままであるため、債権者が強盗の目的の下に日本刀を携えて潜んでいたところを発見され、突如切りつけたという極めて重大且つ凶悪な事件として地元に伝播したのである。

(3)  このことにより、債務者が地元民、得意先より受けた社会的信用の失墜は計り知れないものがある。事件の翌日は日曜日であったが、翌々日の月曜日は訴外c株式会社工場内でも専ら同刑事事件の噂で持ちきりであり、債務者会社のみならず、会社従業員もその信用を失い、債権者の行為に極めて恥ずかしい思いをしたのである。

(4)  ところが、債権者は、このような大事件を惹き起し乍ら何ら反省悔悟するところなく、債務者会社、同僚はおろか被害者に対してすら何ら謝罪をせず、このような従業員を使用していた債務者会社自体の評価を著しく低下させたのである。このようなことから、債務者会社として引続き債権者を雇傭する場合には、地元民、得意先よりどのような評価を受けるやも知れず、ひいてはその事業の遂行にも支障を来すことが明らかである。

(5)  債務者会社の業務は、船内荷役、沿岸荷役を主体とするものであるところ、従来この業種は気性の粗暴な者が多かったことから、債務者は、地元民、得意先とのトラブルの防止に極力意を用いてきており、会社事務所に「和」と書かれた額を掲示し、常に従業員に対してこのことを強調してきたのである。そして、このことのためか、従業員間、地元民、得意先との間に暴力沙汰が減少してきた矢先、このような重大な事犯が発生し、債務者、従業員、地元民、得意先の動揺はかくしきれないものがある。

(6)  債務者としては、このように前示の刑事事件による影響が極めて大きいため、役員をして事件の翌々日被害者と町内会長宅へ見舞及び謝罪のため訪問させたが、被害者宅では面会を拒絶され、一二月四日に更に誠意を尽して謝罪したところ、ようやく見舞品を受取って貰った次第であり、このことから如何に地元民に対して悪評をもたらしたかが判明する。債権者は、酔余の犯行と言うが、それも自動車を運転できる程度であり、仮に、酔余の犯行としても、地元住民に与えた影響を考えて反省の態度を示すならば、事件の与えた影響を多少なりとも軽減できたであろうが、全く反省の態度すらなかったことは甚だ遺憾である。

四、本件懲戒処分は正当である。

(1)  以上の通り、債権者の惹き起した前示の刑事事件は、全く弁解の余地のない破廉恥的な兇悪犯罪であり、単に私生活上の事犯ではなく、債務者会社よりの帰途、債務者の工場の近辺に於て行われ、且つ債務者その地区住民と極めて密接な関係にあるものであって、如何に債務者の体面、信用を傷つけたか計り知れないものがある。右刑事事件が罰金刑で済んだからといって、犯行の破廉恥性、兇悪性に何ら影響を与えるものではなく、同事件が罰金刑で処分されたことは、寧ろ軽きに失すると考えられる事案である。

(2)  企業は、社会に於て活動するものであるから、その社会的評価の低下毀損は企業の円滑な運営に支障をきたすおそれなしとしないのであって、その評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる行為については、職場外でなされた職務遂行に関係のないものであっても、なお広く企業秩序の維持確保のためにこれを規制の対象とすることが許されるのである。そして、どのような行為が規制の対象となるかについては、当該行為の性格、情状のほか、企業の事業の種類、態様、規模、経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の職場に於ける地位、職種等、諸般の事情を総合的に判断し、右行為により企業の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合であるとされる。本件に右の基準をあてはめると、その行為は許し難い破廉恥な兇悪事犯であり、且つ情状は被害者等に対する謝罪もなく、また反省もないものであり、一方、債務者は地域住民と密接な関連を有する小企業であって、右住民らの信用が必要とされるところから殊に債務者の方針として「和」を強調していたものであるのに加え、債務者の従業員としての勤務地は前記久里浜工場内しかなく、地元民、得意先との関係を断つべき勤務地が外にない許りか、債権者が債務者会社の中堅たるべき従業員であることを考えると、職場外の行為であっても懲戒の対象となることは明らかである。

(3)  就業規則上は、有罪判決の確定が解雇の要件となっているが、略式命令により即日仮納付がなされた場合、殆んど一〇〇%そのまま刑が確定するのが通例であることから、略式命令で仮納付のある場合には判決が確定したものと解釈して差支えなく、この点につき、債務者側に就業規則の解釈適用に誤りはない。

(4)  債権者は、本件懲戒処分が従前の事例に比較して不公平且つ過酷である旨主張するが、債務者には、創立以来無断欠勤者以外に懲戒解雇に処した事例がないので、本件と比較すべき適切な事例が存在しない。勿論、無断欠勤については懲戒処分が行われている。また、職業安定法等違反の事件は、当時の代表取締役Cが、重大な得意先でいわば生殺与奪権を握っていた訴外c株式会社の要請により、会社存続のためやむなく行ったもので、社内及び同訴外会社では右C社長に対して同情こそすれ、非難の声は全くなく、一従業員である本件の債権者の行為とは全然比較すらできないものである。

(5)  以上の次第であるから、債務者が債権者を就業規則第六八条第八号若しくは第一〇号により懲戒解雇に処した本件懲戒処分は、適法且つ妥当なものである。

五、本件懲戒処分に手続上の瑕疵は存在しない。

(1)  債務者は、創業以来一度も賞罰委員会を開催したことがなく、就業規則にも、賞罰委員会の構成について規定がないが、処分の公正を期するため多数の者より意見を聴取する趣旨の下に、組合幹部に対し、賞罰委員会は債務者側で設けるが、組合側の意見を聞く旨通告してその了承を得たのである。そこで、債務者は昭和五〇年一〇月一六日組合役員に対し「賞罰委員会を開くので代表者一名若しくは二名を出席させて欲しい」旨通知したところ、組合側より「初めてのことなので、もう二名位出席したい」旨の希望が出されたので、債務者は「委員としてでなく、単に意見を述べるだけならば」ということで了解したのである。次いで、同日午後五時頃より、債務者側より所長C、取締役Dの二名、非組合員従業員代表として現業課長E、組合側より四名(そのうちF、Gの二名のみが委員)が出席して委員会が開催された結果、最終的に「社長に一任する、会社側で決定する」旨の議決が行われたのである。そして、議決は、必ずしも挙手、投票等の方法によらなくとも、五名程度の小人数の会議体に於ては、その各人の意思が明確に判名しさえすれば、改めて賛否の意見を徴せずともその明らかになっている各人の意見をもって議決というべきである。従って「社長一任」につき各委員がこれを了解したのであるから、その旨の議決があったものというべきである。また、解雇に対する賛否の意見は、五名の委員の内、債務者側と非組合員従業員代表の計三名までが解雇に賛成しており、この意見は右委員会での意見陳述の内容から明らかであったから、敢えて挙手、投票等の形式によらずとも、この合議体の議決とみるべきである。

(2)  仮に然らずとしても、就業規則第六二条の「賞罰委員会を設けその議決について賞罰を行う」旨の規定は、懲戒事由に該当する場合には組合代表者をも含めた同委員会に諮り、若しくは同委員会の決議に基いて債務者会社が決定するもので、それは単に処分の公正を担保せんとするに過ぎないものと解されるところ、債務者はこの趣旨に基き、債務者からの組合に対する二名の出席要求に対し、組合から四名の出席を許容して十分にその意見を聴取したものである以上、本件懲戒処分が無効となることはない。即ち、この決議は、懲戒処分の有効要件ではない。

(3)  更に、解雇辞令交付の際、債権者より「解雇は不当である」旨の不服が申し立てられたが、解雇の事由となる刑事事件の内容等につき事実誤認等の申立はなかったのであるから、債務者が、就業規則第七〇条に規定する不服申立の途を封じたことにはならない。

(4)  以上の通り、本件懲戒処分には手続上の瑕疵がないから、本件懲戒処分が解雇手続違反により無効となることは有り得ない。

六、本件懲戒処分は、実体上手続上何ら瑕疵のないものであるが、仮に瑕疵があったとしても、債権者は退職金を一旦受領し、十数日後にこれを返還してきたものであって、債権者は本件懲戒処分を承認したものといわざるを得ず、解雇の効力を争うための救済申立の権利を放棄したものである。

七、仮に、本件懲戒処分が前示略式命令の確定前に行われたために違法であるならば、右略式命令は既に昭和五〇年一〇月二八日に確定しているので、債務者は昭和五一年一月二二日債権者代理人に送達された本件の昭和五一年一月一七日付答弁書により、予備的に従前と同一事由により解雇の意思表示をする。

八、仮に、本件懲戒処分に手続上の瑕疵があったとしても、債権者は昭和五一年四月九日以降債務者の従業員たる地位を有していない。即ち、昭和五一年四月七日債務者方従業員控室に於て、債務者側二名、組合代表四名非組合員従業員代表一名の合計七名によって債権者に対する解雇の当否につき賞罰委員会を開催した結果、全会一致で債権者の解雇を議決し、翌八日債権者に対し、予備的に、退職金の差額の提供と共に就業規則第六八条第八号、第一〇号により解雇する旨通告したのである。

九、債権者は、本件懲戒処分後、他にタクシー運転手として稼働し、月額金一七万円乃至金二四万円を超える収入を得ており、これは債務者会社勤務当時より多額なものであり、この状態は現在に至るも続いているから、本件につき仮処分の必要性はない。仮に然らずとしても、債務者には過去の賃金を遡及して支払うべき義務がない。即ち、解雇無効の場合に原状回復として認められる賃金遡及の金額は、当該解雇により債権者が蒙った損失額をもって限度とし、その間債権者が他より得た収入は民法第五三六条第二項但書に基き遡及金額より控除されるからである。

一〇、よって、原決定の内債権者の申請を認容した部分は取消されるべきである。(書証・認否<省略>)。

理由

一、次の各事実は何れも当事者間に争いがない。

(1)  債権者は、昭和四〇年頃よりアルバイトとして債務者会社に雇傭され、昭和四五年に正式に入社を認められ、以来殆んど欠勤をせず、フォークリフト運転手として真面目に勤務してきた。

(2)  債権者は、正式に入社を認められると共に、債務者会社の従業員で構成されるa労働組合に加入し、翌四六年には執行委員に選出され、更に四七年には執行委員長に選出され、以来、四八年、四九年、五〇年と引続き執行委員長に選出され、その間熱心に組合活動に取り組んできた。

(3)  債務者会社の就業規則に、別紙就業規則抜粋記載の第三四条本文、第三号、第五号、第三五条本文、第三、四号、第六八条本文及び但書、第八号、第一〇号の各規定がある。

(4)  債権者は、昭和五〇年一〇月四日午後六時三〇分頃、酔余全く無関係の他人の家のベランダによじ登り、家人の訴外Bより誰何されて逃走する際所携の模造刀により同訴外人を負傷させた。この事件で債権者は逮捕され、同年一〇月一三日横須賀簡易裁判所に於て略式裁判により罰金一〇万円を言渡され、即日罰金を仮納付して午後四時頃身柄が自由になると、直ちに債務者会社に対し翌日より出勤する旨連絡した。

(5)  債権者が、同年一〇月一四日午前七時五〇分頃出勤したところ、債務者会社代表取締役A(以下、社長という)に呼び出され、「刑事事件を起して社の名誉を傷つけたことを理由に数日中に懲罰委員会を開いて処置する」「就業規則第三四条第三項、第五項及び第三五条に基き」「会社が必要と認めた期間休職を命ずる」旨申し渡された。

(6)  債務者は、同年一〇月一六日就業規則第六二条による賞罰審査委員会を開催したのち、翌一七日債権者に対し「一〇月二〇日をもって休職を解き就業規則第六八条第八項第一〇項に基き懲戒解雇する」旨申し渡した(以下、本件懲戒処分という)。そこで、債権者が、処分の具体的理由の説明を求めたのに対し、債務者は、債権者が刑事事件を起した事実をあげ、これが債務者の名誉を傷つけた旨を述べた。債権者は直ちに、「刑事事件を起したことに落度はあったにしても、懲戒解雇は不当である」旨主張して抗議したが、聞き入れられなかった。

二、よって審案するに、前示の争いなき事実によると本件懲戒処分は、労働者の職務と関係のない所謂職場外の非行を懲戒事由としていることが明らかなので、このような懲戒処分が許されるか否かが先ず問題となるが、そもそも、使用者の労働者に対する懲戒は、企業の経営秩序維持及び生産性の高揚という目的に即応するため、これにつき反価値的な行為に出る労働者に課さられる制裁であると解されるから、職場外の事由は原則として使用者の規制に服しないと考えるべきである。然し、如何に職場外の事由であるとしても、それが職場内の作業秩序を乱す場合の外、対外的に企業の信用ないし取引関係を毀損するような場合には、職場に於ける服務に明らかな影響を及ぼし、且つ企業の経営秩序を紊し、その生産性を阻害するものとして、懲戒の対象になると思料するのが相当である。

三、そこで、本件懲戒処分の効力について順次検討を加える。

(1)  (書証・人証<省略>)によると、債務者会社の就業規則に、別紙就業規則抜粋記載の通り、前文、第三四条第一、二号、第四号、第三五条第一、二号、第六二条、第一一章懲戒、第六五条、第六六条、第六七条、第六八条第一乃至第七号、第九号、第七〇条、第一二章附則、第七一条の各規定が設けられていることが疎明される。

(2)  成立に争いなき(書証・人証<省略>)を綜合すると、債権者が犯した刑事事件の態様は、概ね次の通りであることが一応認められる。即ち、

(3)  債権者は、昭和五〇年一〇月四日、終業時の午後五時前に早退し、作業衣である灰色のズボン、紺色の長袖シャツに軍手着用という服装のまま、所用を済ませたのち自家用車を運転し、勤務先の近辺にある行きつけの酒店に立ち寄り、ビール一本と清酒をコップに三杯飲酒する内、予てから懇意の主婦Hに対する思慕の情がつのり、前記自家用車にて同女の住むアパートの近くに赴いたものの、一向に同女が屋外に現われないのに業をにやし、自家用車内より模造刀一本(刃渡り二八センチ)を持ち出した上、右アパートに対面する住宅で、且つ全く無関係の横須賀市<以下省略>のB方二階ベランダに無断でよじのぼり、一五分間程その暗がりにひそみ乍ら同女の住むアパートの様子を伺っていたところ、同日午後六時三〇分頃折柄帰宅したBに発見され、「泥棒」と大声で叫ばれた許りか追跡を受けたので、所携の模造刀を振りかざし、同人の頭部目がけて切りつけて傷害を負わせ、ひるむ隙に附近を逃げ廻り自己の自家用車にて逃走せんとしたが、騒ぎを聞きつけた地元民数名に取り押えられた末、警察官に現行犯で逮捕されるに至ったものである。而して、犯行現場が債権者の勤務先より約八〇〇米の近接個所であったため、騒ぎで集った約四〇名の群集の中に債権者を知る者がおり忽ち「Y社のXだ」という噂が近隣に広まり、地元の間で大騒ぎとなった。また、訴外Bの受傷は、当初全治二週間の診断であったところ、実際には受傷時より翌年の昭和五一年一月一六日まで通院加療を要した上、顔面瘢痕と左前腕瘢痕の後遺症を残した。この事件により債権者は逮捕勾留されたのち、住居侵入、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反で起訴され、略式裁判で罰金一〇万円に処せられた。

(4)  (書証・人証<省略>)を綜合すると、債務者会社は、船内荷役、沿岸荷役、冷蔵庫荷役、船舶代理店業等を目的とし、訴外c株式会社久里浜工場内に久里浜営業所を設け、専ら久里浜港に於て営業を行う所謂港湾運送会社で、事務系職員一〇名及び現場作業員三八名の規模であり、その取引高の約九〇%が訴外c株式会社の仕事であるところ、従業員の殆んどが前記久里浜営業所所在地の久里浜に居住し、他方、主たる取引先の同訴外会社久里浜工場の従業員約四、五〇〇名もまた、大半が久里浜周辺に居住するという関係にあって、債務者会社は種々の点に於て地域社会に密着した企業であること、而して、従来、港湾荷役に従事する作業員にはとかく粗暴な者が多く、地元民との間にトラブルを起し勝ちであったことから、債務者会社は従業員の間に融和の精神を強調してきたこと、然るに、前示の刑事事件発生により、地元住民に深刻な不安を与えた上、債務者会社の従業員間では勿論のこと、訴外会社久里浜工場の従業員間でもこの件の噂で持ちきりとなり、債務者会社の関係者は著しく肩身の狭い思いをしたこと、また、債権者と懇意な主婦Hが同訴外会社久里浜工場の事務員であることも加わり、債務者会社の経営陣は同訴外会社との取引に悪影響を及ぼすことを憂慮したこと、更に、債務者会社の従業員の中に債権者の復職を快しとしない者があり、若し復職が実現すれば、従業員間に支持派と反対派の対立を生ずるおそれが感じられることが夫々一応認められる。債権者本人尋問の結果の内、右認定に反する供述はにわかに措信し難い。

(5)  以上の疎明された事実によると、債権者の犯行は酔余若気の至りで犯した偶発的且つ軽微な犯罪とは到底認め難く、寧ろ、破廉恥的で兇悪性があり、相当に重大な事犯に属すると思料される上に、勤務先の近辺で行われたため、一段と地域住民の債務者会社に対する信用を毀損した許りでなく、職場の秩序と会社の業務遂行に悪影響を与えたものと言うべきである。更に、債務者会社は比較的小規模で、営業所が一カ所よりなく、配置転換若しくは転任の余猶もない。そうだとすると債務者が債権者の行為に対し、略式命令の確定前であるため就業規則第六八条第八号のみを適用することが許されないことから、同第八号に準ずるものとして、同条第八号第一〇号を適用して本件懲戒処分の措置に出たことは、けだし相当であると言わねばならない。

(6)  之に対し債権者は、本件懲戒処分が他の事例に比較して不公平且つ過酷である旨主張するが、債権者の挙示する事例は何れも本件に適切なものでない。即ち、無断欠勤者に対する懲戒処分と、本件のような刑事事件を起した者に対する懲戒処分とを比較するのは妥当でないし、証人Aの証言により成立を認め得る(書証<省略>)によると、債務者は従来無断欠勤者に対して解雇の措置を執ってきたことが疎明されるから、この点に関する債権者の主張は理由がない。次いで債権者は、公務員でさえも罰金刑を受けたことにより官職に就く適格性を否定されない旨主張する。然し、公務員を任用する場合の欠格条項と、一私企業の懲戒解雇基準とを同一の次元で比較するのは相当でないと言うべく、従って、右主張は採用し難い。次に、債務者会社の経営陣が労働基準法職業安定法違反に問われた事案と、本件の如き一従業員の非行とを対照することも妥当でない。債権者は更に、b労働組合協議会の傘下組合員の内で、略式による罰金刑に処せられて懲戒解雇された事例が存在しない旨主張し、債権者の処分も同様に罰金刑であると強調するけれども、本件は、罰金額が相当に多額であるのに加え、犯行の態様が決して軽微なものでなく、また、労働者の職場外に於ける非行が企業の経営秩序や生産性に及ぼす悪影響の度合を、一概に当該非行に対する刑事処分の軽重によって比較考量するのは適当でないと解されるので、右主張もまた採用し難い。結局、債権者の主張は何れも採用できないので、本件懲戒処分が不公平且つ過酷であること、換言すれば、就業規則の解釈適用に客観性合理性を欠いていることを肯認できない。

四、次に、本件懲戒処分が解雇手続に違反しているか否かにつき判断するに、(書証<省略>)を綜合すると、昭和五〇年一〇月一六日に開かれた賞罰審査委員会では、会社側委員が懲戒解雇を、非組合員委員が解雇を認めるかたわら退職金の支給を、また、組合側委員が懲戒解雇より軽度の懲戒処分を夫々主張し、結局明確な議決に達しなかったことが一応認められる。然し、それがために直ちに本件懲戒処分が無効になると解することはできない。勿論、労働運動の発展過程に於て、解雇事由の明確化と、解雇手続の民主化とは同じ比重で闘いとられてきたものと推認されるので、解雇手続に関する規定は十分に尊重されねばならない。然し乍ら、本件の就業規則第六二条の規定からでは、賞罰委員会は明らかに諮問機関であると解され、それは解雇手続を慎重ならしめる趣旨で設けられたもので解雇の有効条件でないと考えるべきであるから、賞罰委員会が一定の議決に達しなかったからといって、本件懲戒処分を手続的に無効ならしめるものでないと解するのが相当である。更に、解雇の事由となる事実関係について争いがないと認めるに外なき本件では、債権者が申し立てた不服を債務者が殊更取り上げなかったとしても、規則第七〇条の不服申立の途を封じたことにならないと解すべきである。

五、続いて、不当労働行為の主張について判断を進めるに、本件の疎明をすべて綜合しても、本件懲戒処分が債権者の前記非行をもとに、これが就業規則の懲戒事由に該当することを決定的な理由としてなされたものと一応認めることができるに止まり、外に債権者主張の反組合的な意図の実現を主たる目的として解雇処分が行われたと認むべき的確な疎明はない。従って、右主張もまた理由がない。

六、果してそうだとすると、爾余の争点について判断するまでもなく本件懲戒処分は有効であり、債権者は右処分により債務者の従業員たる地位を失ったものと言わねばならない。然らば、債権者が仮処分を求める本案の被保全権利は一応存在しないものと認めざるを得ないしまた、保証をもって疎明に代えることも適当でないと解されるので、債権者の本件仮処分申請は理由がなく、却下を免かれないものである。

よって、原決定の内債権者の申請を認容した部分を取り消し、債権者の申請を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

賃金目録

(一) 金四七七、〇五〇円也

但し、昭和五〇年一二月五日に支給されるべき年末手当金であり、本人給・勤続給・家族手当・住宅手当の合計額金一三六、三〇〇円に三・五を乗じた額

(二) 金一六九、一五六円也

但し、毎月二五日に支払われるべき賃金月額

その内訳

1 本人給 一一〇、〇〇〇円

2 住宅手当 一二、〇〇〇円

3 勤続手当 七、〇〇〇円

4 家族手当 七、三〇〇円

5 皆勤手当 四、〇〇〇円

6 特別手当 三、四三五円(昭和五〇年四月より同年一〇月までの平均月額)

7 時間外手当 二五、四二一円(昭和五〇年四月より同年一〇月までの平均月額)

以上

就業規則抜粋

前文 Y株式会社久里浜営業所(以下会社という)は労働基準法に基いてこの就業規則を定める。

この規則は労働協約の精神に則り就業に関する事項を規定して経営秩序を確立することを目的とする。

第三四条 左の各号の一に該当するときは休職を命ぜられる。

一 私傷病による欠勤三カ月に達したとき。

二 事故欠勤連続三〇日を超えたとき。

三 刑事事件に関して起訴されたとき。

四 会社の承認を得て公職に就任し常時その職場を離れるとき。

五 前各号の他、会社が特定の必要を認めたとき。

第三五条 休職期間は左の通りとし事情により伸縮することがある。

一 前条第一号の場合は三カ月とする。

二 前条第二号の場合は二カ月とする。

三 前条第三号の場合は確定判決あるまでとする。

四 前条第四号及び第五号の場合は会社で必要と認めた期間とする。

第六二条 会社は賞罰審査委員会を設け、その議決について第一〇章及び第一一章に定める賞罰を行う。

賞罰委員会の構成は組合代表をも含めて、その都度社長がこれを定める。

第一一章 懲戒

第六五条 懲戒は左の四種としその一又は二以上を併せ科する。但し反則軽微なるか又は改悛の情顕著のときは訓戒に止めることがある。

出勤停止以上に該当すると思われる反則については賞罰審査委員会の議決があるまで一応出勤を停止し賃金を支払わないこともある。

一 譴責 始末書をとり将来を戒める。

二 減給 始末書をとり一回について平均賃金半日分以内を減給し将来を戒める。

但し、二回以上に亘る場合においても月収の一〇分の一を超えることはない。

三 出勤停止 始末書をとり一〇日以内出勤を停止しその期間賃金を支払わない。

四 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時解雇し、行政官庁の認定を経て解雇手当を支給しない。

第六六条 従業員が左の各号の一に該当するときは譴責に処する。但し情状により訓戒に止めることがある。

一 無断欠勤引続き七日を超えるもの。

二 正当な理由なしに遅刻、早退又は欠勤が重なる者

三 勤務怠慢で勤務に対する誠意を認めない者。

四 勤務に関する手続その他の届出を詐った者。

五 その他各号に準じ勤務に関する違反行為をなした者。

第六七条 作業員が左の各号の一に該当するときは減給又は出勤停止に処する。

但し情状により譴責に止めることがある。

一 不正に会社の金品を持出し又は私用に供しようとした者。

二 故意又は重大な過失により会社に有形無形の損害を与えた者。

三 業務上の怠慢又は監督不行届によって災害傷害その他の事故を発生させた者。

四 不義不正の行為をなし従業員としての体面を汚した者。

五 この規則又は会社の他の諸規定に違反しその度が重い者。

六 其の他前各号に準ずる行為をなした者。

第六八条 従業員が左の各号の一に該当する時は懲戒解雇に処する。

但し情状により減給又は出勤停止に止めることがある。

一 正当な理由なしに無断欠勤引続き一四日以上に及ぶ者。

二 他人に対し暴行脅迫を加え又はその業務を妨害した者。

三 職務上、上長の指示、命令に従わず、越権専断の行為をなし職場の秩序を紊す者。

四 重要な経歴を詐り、その他不正な方法を用いて採用された者。

五 業務上重要な秘密を社外に洩したり、洩そうとした者。

六 会社の承 なしに他に就職し又は自己の業務を営むに至った者で甚しく不都合と認められる者。

七 業務に関し不正不当の金品その他を受授した者。

八 刑罰法規に違反し有罪の確定判決を言渡され爾後の就業に不適当と認められるもの。

九 前条各号に該当し、その情が著しく重い者。

一〇 その他前各号に準ずる行為をなした者。

第七〇条 この章に規定する懲戒決定に対し異議がある場合はその旨申立てることが出来る。

第一二章 附則

第七一条 この規則は昭和四一年七月一日より実施する

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